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浦和地方裁判所川越支部 平成5年(わ)310号 判決

主文

被告人を懲役三年に処する。

本判決確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、実母A(当時八二歳)及び妻B(当時六三歳)と三人で生活していたが、平成三年八月ころからBがアルツハイマー病に罹り、さらに、同五年二月ころから、Aが精神的に異常をきたし、そのころからは、仕事の傍ら右両名の身辺の世話及び家事一切を一人で処理し、精神的に疲労の状態にあり、とくに、Aにおいては同年四月ころからしばしば近所等を徘徊するようになり、何度も警察に保護されるなどの状態であったため、Aのかかる行動について深く危惧していたところ、同年九月二〇日午後五時ころ、仕事から帰宅すると同女がまたどこかに外出していたため、近所を探し回ったが、見つからず、その安否を気遣っていたが、同日午後九時すぎころ、川越警察署から、同女を保護している旨の連絡を受け、タクシーで同女を自宅付近に送り届けてもらったところ

平成五年九月二〇日午後一〇時一〇分ころ、埼玉県上福岡市〈番地省略〉東側路上において、同女において、タクシーから降車したのち被告人の誘導に逆らって、自宅とは別の方向へ小走りに行こうとしたため、同女を逃がさないように、その身体を両手で掴んだが、同女が抵抗したためこれに立腹して、同女の両肩を両手で突き、同女をその場に仰向けに転倒させ、大声で騒ぐ同女を早く自宅に引き入れようとして、転倒したままの同女の両手を掴んで自宅玄関口まで引きずって、同女の背後からその両脇を両手で強く掴んでコンクリート製ポーチの上に持ち上げ、同女の背後からその両手首付近を掴んで玄関から廊下に引き上げたうえ、そのままの状態で廊下を約四メートル引きずるなどの暴行を加え、同市〈番地省略〉被告人方一階六畳間において、同女がなおも騒ぎ立てたので、自己の危惧に拘らず徘徊を繰り返すことに憤慨の余り、「この足が丈夫だから、少し歩けないで、うちにいてくれよ。」などと怒鳴りながら同女の脚部などを数回足蹴りにする暴行を加え、右各暴行により同女に多発性肋骨骨折、四肢皮下・筋肉内出血等の傷害を負わせ、よって、同月二一日午前三時五〇分ころ、同県川越市〈所在地省略〉医療センターにおいて、同女を、右傷害に基づく外傷性ショックにより死亡するに至らしめたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)〈省略〉

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、適用法条につき、刑法二〇五条二項が憲法一四条一項に違反し無効である旨主張するが、当裁判所は合憲と解するものであって、右主張は採用することができない(最判昭和四九年九月二六日刑集二八巻六号三二九頁参照)。

(量刑の事情)

1  本件犯行は、その結果が重大であることはもとより、殆ど判断能力がなく、かつなんら抵抗力のない老母に対し、判示のように執拗な暴行を加え、短時間のうちに同女を死に致したものであり、その犯行態様も悪質であって、刑責は重い。

2  しかし他方、(1)判示の被害者及び妻に対する介護の苦労は察するに余りあるものであるところ、それによって被告人は精神的に疲労していた状態で、かつ、被害者がまたしても徘徊してその安否を危惧した中で偶発的に敢行した事案であって、犯行の動機には同情の余地があること、(2)被告人は、犯行後被害者の異常に気付くや、直ちに救急車を依頼し、その救護に務め、その後一貫して犯行を自供するなど、改悛の情が顕著であること、(3)被告人は特段前科前歴を有さず、再犯のおそれがないこと、(4)被害者の他の子らにおいては、被告人の被害者及び妻に対する介護の苦労を理解し、寛大な処分を強く望んでいること、(5)被告人には今後とも妻を介護していく必要があること、等の被告人に有利に斟酌すべき事情が存する。

3  以上の各事情その他の本件公判に顕出された諸般の事情を総合勘案して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山之内一夫 裁判官佐藤洋幸 裁判官金野俊男は、転補のため署名押印できない。裁判長裁判官山之内一夫)

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